ボンの道楽つれづれ

好きなことをいろいろと

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2冊の書籍

2冊の書籍
 この写真で、僕が何を言おうとしている方が分かれば僕の日常は30年ほど前から見透かされていると思う。
 「シャパラル」と聞いて分かる方は、ほぼ僕と同じ年代か、それ以上でモータースポーツを理解されていることだろうな、と感じる。
 僕は1/24のスロットレーシングをニチモのサーキットを持っているので、以前は結構楽しんでいた。松山へ行った折は、モノグラム制のこのシャパラル2AとBRMのF-1を忍ばせて、会議の終わった後、最終列車まで、三番町のマジックボックスのサーキットで走らせていたのを思い出す。
 ん、僕のホームページにはプラモデルのことはまだ出していない。もう、40年前になるだろうか。東高校の前に青葉教材社という模型屋さんがあって、COXのスロットレーシングモデルのシャパラル、BRM、それにフェラーリがあった。当時でもマグネシウム製のシャシーだったし、相当高価であったため、手が出せなかった思い出がある。
 青葉のご主人が亡くなってしばらくして奥様に聞いたが、すでに売却済みになっていた。かろうじてマブチのFT-36モーターの新品をゲットしたのを思い出した。
 いわずとしれたアメリカの弱小ファクトリーが、当時では珍しいFRPのモノコックフレームと、オートマチックミッションのエンジンを搭載して世界の強豪レーシングマシンと互角に戦ったレーサーの名前である。その総帥はジム・ホールである。
 この書物を昨日松山の紀伊国屋で見つけて、即座に購入した次第だ。詳しくは、そのうち小誌に掲載したい。

 さて、もう一方のトライアンフの本。これはオートバイだ。大半はクラブマンに出ていた写真だが、一点だけ参考例の写真が出ていたので購入した。衝動買いみたいだ。
 その参考例は、ロックハートのオイルクーラーコアの取付方法だ。ようやく分かった。それだけで?、とおっしゃるだろうが、手元に置いておくのもよろしかろうと思ったところだ。

 F-1の世界はホンダが撤退するってんで、大わらわのようだが、これでようやくスポーツとしてのF-1が始まるのではないか、とも感じる。
 トヨタは今後も参戦するっていうではないか。が、巨大企業も赤字へ転落だし、会社で一丸となってレーシングマシンを開発するっていうことは国内企業では難しいのだろう。理由は簡単。日本のメーカーの大半はゼニ儲け意外の何ものもないのだからね。当のホンダも、宗一郎氏が存命の頃とはずいぶんと企業の体質は変わってしまっているのが本当のところだろう。

 あ、そうそう、僕が書籍の写真を撮って中身を掲載しないのはどうしてだ?、と聞かれる。出すのは簡単だが、既に廃刊になっているものならまだしも、毎月発刊されているものをホームページに掲載するのは著作権の侵害になる、と僕は考えている。

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BORE-ACEのオイルライン

BORE-ACE

 早いもので、今年も間もなくお終いになる。10月頃からの経済面での不安定さは、派遣社員の大量首切りで終わりそうだ。これを救おうとするはずの共産党の議員団は法案に反対の自民党と一緒に「審議が拙速」ということでやる。バカみたい。共産党の右傾化が表面だった瞬間じゃないか。あきれるよね。
 お~っと話がずれた。写真のパイプはSR500に装着するBORE-ACEのオイルラインだ。コイツはインレット側へ入る。エキゾースト側は7月に交換している。結構高価なため、思い立った時じゃないとやれない。
 おそらく、これでオイルラインの改善は終了するのではないだろうか。
 ところがですな、これが取り付けできないんだ。製品不良ではないんだ。昨日から始まった忘年会が飛び石で入っているためである。明日は当課の忘年会。20日にやることにはなるのだが、樺崎へ掃除に出かけなくてはならない。SRに乗っていくと酒気帯びになりかねない。
 となると、午前中に作業をして、昼飯をかき込んで午後からテストランということになるのだ。時間工賃制ででやれば1時間程度だろうけど、装着した写真やら何やらやって、テストもインプレッションとしてすぐに纏めなければならない。結構大変なんだ。
 今んとこは想像だけど、7月に前側をやったときの結果を知っている者からすると、再び大感激になる... 、ということかもしれない。

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Nikon COOLPIX 2200と4100

2200と4100

 さぁさ、この写真を見てどっちがどっちか分かるだろうか。実は少し分かりづらい仕掛けを持っている。
 実際は向かって左が2200で右が4100だ。僕にどちらか一つを選べ、と言われると躊躇する。画素数、機能などからすると4100。簡素化したものとすると2200ということになる。
 数字の通りこのシリーズの最高機種が4100であり、廉価版が2200だ。そんなに機能が会ってもダメだし、きれいに写ればいい、とするなら3200だろう。
 が、中庸を行くというモデルはカラーバリエーションなどがあって、実際の場からするとドンシャリである。
 もう一点、4100には先日大きいしっぺ返しを食らった。今回のは買い戻しである。バカげている、と思われるかもしれないが、このシリーズのマシンにはファインダーが付いているだろう。
 僕のような写真機から入った者は、ファインダーがなければダメなんだ。ファインダーを覗いてシャッターを切る。僕が常々言っている「写真を撮る」を楽しまなくてはならない。第一にモニター見ながら写真を撮るのはおかしい。ビデオカメラではプロの分野、一切モニターなど見ないであろうことは明白だ。
 僕はコンパクトなデジカメこそファインダーを装備しておくべきだ、という考えはずっと持っている。
 で、今回のモデル違い。その第一はセンター部分のカラー違いとシャッターのメッキか否かである。
 ところが、このシリーズの電源スイッチが非常に入りづらい。イライラするのである。2200をバラした折に感じたのは、外部から見えるネジ7本の増し締めである。これをやってやると、電源スイッチはスムースに電源を入れることになる。不思議だろうけど本当だ。
 バラス人も少なかろうけど、モニター側から見て右のネジ2本はタッピングビスである。左のビスとは違い、右側はネジの受けが合成樹脂なので、組み立てる際には間違えないように。締まるのは締まるがぎこちない。
 もう一点底の三脚取付ナット部分の前側の1本は外さないこと。これを外すと少しやっかいな場面になる。
 が、一体となったときに、2200は若干筐体が歪むように思う。それは色違いの部分の材質強度が3200と4100より弱いということかもしれない。それが廉価版だ。もちろん、内部のパーツも若干だが違う。
 と、こんなことタイプしても、やってみる人は少なかろうし、モニターのフレームにCASIOの文字を見ると愕然とするかもしれない。気にすることはないか。
 あ、2200は200万画素、4100は400万画素、そして3200は300万画素の画素数を示す。ニコンの悪口を言うと、デジタル一眼レフでもシングルとトリプルの数字は良いが、ダブルの数字の廉価版モデルはどういったことになるのかな。使ったのは50、60、70、80、90ぐらいか?。しかし10なんて数字だと安っぽいか高級化しているか、リリースする側と受け取る側との考え違いも考慮しなきゃならないな。
 ニコンのうれしいのは4とか9という数字を平気で付けることだ。フジのSシリーズはS4 Proというのは存在させなかったものね。
 それにしても、コンパクトのデジタルカメラにファインダーが無いのは写真機というものからすると後退しているのではないか、と感じるのは僕だけだろうか。

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ピッカリコニカがやってきた

ピッカリコニカ
 この写真で懐かしいと感じる人は、今すぐ、この程度のフィルムカメラをお買い求めなさい、と申し上げたい。
 マジ、僕もこんなきれいなのを相当安い金額で購入したんだから。ヘキサノンノレンズ。相当な物だ。これを使わない方法はない。
 午後の3時過ぎに市内をブラブラした。ピッカリコニカには27枚のISO100を装填した。竜野川沿いから途中の目に付いたものをカチンというシャッター音と共に撮影した。
 機能は以前本文で紹介したキャノンのオートボーイの方が良いかもしれない。が、オートボーイの最大の欠点である、巻き戻しをしなければ、イカレルという点。それにチョッチョッとレンズが動いて露出などがセットされる。フィルムも自動巻き上げだ。
 これに対して、フラッシュこそ付いているが、距離などは目視で都度操作しなければならない。
 さ、これはどちらがいいのか?
 僕はピッカリコニカの方が好ましいと思う。「写真機」を使う手前、何でも自動ではダメだ。「写真」を「カメラ」で「撮る」という行為はファインダーを覗いてこういったことをセットしてやる。ま、間違った調整をして、その方が芸術性の高い写真になったりするものだ。
 が、デジカメではそれが全くない。できあがりの写真(だな)はモニターでできる。が、プリントアウトするとニュアンスがおかしい、ということも出てくるわけなのである。
 しかし、昔には帰らないか。あのワクワク感はどうしいてもカメラの中はブラックボックスで、できあがりの写真を予測しての撮影のほうが楽しいと思うし、カメラ本来の機能は「写真」を「カメラ」で「撮る」という行為のうち、シャッターを切ったときに出来上がった写真がゲットできるのはオカシイ、とは言いすぎだろうか。

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そこそこのものを鵜呑みに信じてはいけない

今のSR

 これは現在の僕のSR500の姿だ。最新版。ここんとこ修正したのは、テールランプステーに取り付けていたウインカーを元の位置に戻した。テールランプが独立して不細工?、と思われるだろうが、これがホンダCB-750のK0と同じ感じという気分を持つのは僕だけだろうか。
 さて、このSR関係では結構有名な東京のオレンジブルバードさんの月ごとに車を紹介するところがある。http://www.omc-1981.co.jp/にアクセスすると、僕は当初の2J2を知らない人が記事を記載したとしか考えられないと感じた。
 イメージとして1978年当時のアップハンドルのSR500のイメージが記憶の中に云々、というくだりがあった。
 余程のマニアじゃない限り、最初期のSR500なんて乗りたくない。乗るのならXT500の方だ。SR500なんて故障だらけのニューモデルで、モドキが出る近所から以降の生産モデルでないと、僕は大損コクな、と確信する。
 この記事では、オレブルが500ccにアップした、という。500化かぁ 、と最初は気付かなかったが、これはSR400からの改造で、モドキごときではない。真似だ、と僕は確信する。
 ハンドルバーも2J2-16111-00ではない。これは1J7-26111-00ではないかと思う。おかしげなポジションが解るような気がする。
 そういったところを、今流に考えていただいても少々困るのだ。通常位置のステップにしても、48Uのステップを持っている僕としては、当初のSR500のイメージどおりには「絶対」にならない。
 ちなみに、ホワイトブロスのスパトラと謳っているが、写真から判断すると、これはオレブルで改造されたホワイトブロスではないか、と感じるところだ。
 通常のSR500でマフラーを容量の少ないものに交換などしようものなら、そのしっぺ返しは相当なものがあるはずだ。
 それらが皆無。しかも、少々濃いエキゾーストエンドなど見ると、個々に記載してあることはウソではないか。仮に真として普通のSR500そのものにマフラーだけ交換しても期待した性能は一切感じられない、ということではないだろうか。

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