ボンの道楽つれづれ

好きなことをいろいろと

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お安く晩酌

晩酌

 ここ数日、このパターンで晩酌を楽しんでいる。総経費720円だ。最近になって、俳優の田村某が「ビールと間違えそう」なのをやったが、一度飲んだけど本当にそう思った。
 が、僕自身は、この第三のビールである「ぐびなま」が美味い。アサヒで缶のリキュール割が安いが、酎ハイは今のところキリンのグレープフルーツだ。レモンと違って、甘さと、少しばかり野暮ったいのがいい。アテは海苔のフライと烏賊の燻製、サラミにチーズ入りの蒲鉾だ。
 これと同じようなことを酒道場でやると、500円アップ程度になる。酒道場自体の価格設定は安いと思うよ。しかし、酎ハイ1杯をやるとなると、量と焼酎の割合が6:4そのものになるから、酔い方が強くなる。アテはそんなに変わらないけど。
 ゲルマンへ行くと酒の量と金額は同じレベルだけど、アテの質と量が格段に違うから、当然のごとく料金が2英世以上になる。知人が居るとイキオイ.... 、となってしまうわけだ。

 ところが、ここ最近酒を多く必要としなくなってきた。不思議なもので、定時に帰宅して丸穂温泉へ行き、帰りにサンクスでほぼ同じアテを購入。当然レジ袋なしのハダカ。
 そして、本町を少し上がって、中山の自販機でぐびなまと氷結を購入して帰るわけ。

 一段落して、本日は再びバイギブJ-160Eのフレット調整。どうやら第一フレットが限界のようだ。本文で以前に出したハンダでの肉盛の部分、プレーンの二絃が当たる部分の溝が深くなって、やはりハンダだけの肉盛はダメであった。
 急遽考えついたのは30芯のビニールコードの芯線を数本ハンダでフレットに貼り付けて修正をした。これで、本当に当分の間は大丈夫のようだ。
 多分、新しいフレット(ワイヤー)を1フレットから3フレットまで交換しなければならないだろう。

 そろそろ、トライアンフにもかからなければならないが、もう少し時間が必要。そしてパーツに金がかかるから、ちょいと飲み代に回せないんだ。
 日も長くなってきたし、もう少ししたら取りかかりたいところである。

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CHAD & JEREMY

LP

 このLPアナログディスク、チャッドとジェレミーを実に28年目に買い戻すことが出来た。購入したのは、高校入学の前、大阪は阿倍野の近鉄でではなかったか、と思っている。ジュディー・コリンズのコンサートLPと一緒に購入した。
 それを拙宅の小火で、一部火傷したようになって使えなくなってしまったのだ。この時に失ったレコードの大半は買い戻したが、残り数枚が戻ってこない。非常に気長い話だが、事ある毎にオークションサイトや中古レコード屋を探す以外にないのである。このLPは日本の独自編集だから、CDでリリースされることもないはずである。
 さて、どうして、このディスクなのか、というと、「悲惨な戦争」をフォークロック調でやってる。これを最初に聞いたのが、このデュオだった。シングルEPで聞いた時はうれしかったね。PPMの甘ったるい歌い方は気に入らなかった。
 同時にカップリングされた「朝の雨」は純フォーク調での歌い方。本来のゴードン・ライトフットのよりいい気分になる。もっとも、ホーローバラッドだから、ポケットの中には一握の砂、帰りたいが帰れない、という労働者の歌だ。飛行場から(ボーイング)707が離陸しようとする... 、というクダリは今の僕としては747に置き換えて歌っているけど。
 そしてボブ・ディランのDon't Thing On My Mindなど、僕はこのLPから入ったから、実際のボブ・ディランの歌声を聞くとヘタクソだな、と当時は感じていた。
 もっとも、ベトナム戦争当時だからね。湾岸戦争自体も古くなったが、あの戦争が終わった当時、「風に吹かれて」をボブ・ディランで聞くと、やはりグッと来る。戦争って虚しい物だし、それを遂行するのは人間だから、という裏にあるものが分かるようになってきた年代になったのかもしれない。「雨の日の女」なんて、あの時よくぞ買ってたものだ。
 こういった、僕のフォークソングにとっては必要不可欠なディスクだからだ。
 さて、このレコードは、写真にあるエディロールでMacに読み込んで、ディスプレーで表示しているSound itのソフトで変換してCD-Rにして保存するわけだ。
 ま、CD-Rもメーカーによって音が異なるということがあって、変換ファイルだけはハードディスクへ保存しておかなければならない。同じようなCD-Rではあるが、いまだに材質云々の世界が「音の世界」では厳然と存在する。
 さしあたっては、この辺が僕のお年玉の一つだ。鏡開きのメデタシである。
 

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年賀状とはいつ出すのか?

プリント

 今年も予告どおり、年賀状は新しい年に入って作ることとした。こういったことにしたのは郵政が公社化になる数年前のことであった。局員に知人が多いもので、お祭り騒ぎに似たこの年賀状の件をニガニガしく感じていたからだ。1月1日到着には年末20日までに... 。局員は賀状販売のノルマを課せられるなど... 。
 相当昔、渥見清と女優は誰だったかな、年末か年始のNHKテレビの特別番組であった。モノクロだったから良く憶えている。新しい年を迎えるまである程度年齢の高い新婚の夫婦なのだが、ダンナの根が真面目そのものだから、忙しいにもかかわらず、差し出す相手に対して1枚ずつ年賀状を書くんだ。結局、徹夜になってしまって、結婚最初の夜はパー。
 こうはならないまでも、年始のあいさつにしても年が明けてからだろう、と僕は考える。そういったところから、僕は最近になって、年が明けてから年賀状を出すことにしている。
 本日は元旦。大晦日の昨日はお墓へ行って、今年の幕開けは丸之内の和霊神社へ初詣。午後からは天気も回復してきた。恒例の五社初詣サイクリングは実施されたかどうか、ダメなら明日にしたいが、箱根駅伝との絡みがあって... 。
 本来の休みは明日までだ。土日の休みの後、職場へ復帰。こういった気分はまだまだ抜けそうにない。

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