ボンの道楽つれづれ

好きなことをいろいろと

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

あれから43年

End The Beatles

1966年6月30日、東京武道館でのビートルズ日本公演。当時の世相からすれば、本当に来た台風以上に台風だったのかもしれない。
当時僕は高校1年生。現在は西予在住のT君が下宿していた伯母様の下宿で、南海放送を通じて放映されたテレビショーを見ていた。我が家のそれは室内アンテナでのソニーの9インチテレビだから、画像がはっきりしない。いずれにしてもモノクロの14~17インチだから、そう大きい画面ではないが、見た瞬間は凄まじかったね。加えて、リッケンバッカーなど、ジョージのものだけだったから、今後のビートルズの行方が違う方向になってきだした、ということがおぼろげに判り始めた気がしないでもなかった。

当のT君は1/30ぐらいでカメラのシャッターを切っていた。こちらは60ヘルツの世界で、通常テレビ受像器もそれになっているので、シャッター速度が1/30、1/60、1/15で切ると走査線の数がそのままフィルムに反映するときがある。
結果は見事に写っていた。その後、ネガの行方は定かではないが、写真は探せば出てくるかもしれない。

あの時は、ジョンがシャウトするミスター・ムーンライトが流れて、リンカーンで羽田から移動するシーンがオープンだった。
前座が長くって、望月浩、桜井五郎、ジャッキー吉川とブルーコメッツ、内田裕也、尾藤イサオ、ドリフターズ、ブルージーンズなどが出演していた。「早くしろよ」と誰もが気に病んだところだ。それが終わって、場内が一段落すると、EH・エリック氏が出てきて、「レイディース・アンド・ジェントルメン、ウェルカム・ザ・ビートルズ」と言った瞬間から凄まじいことが始まったわけだ。

その後、ビデオテープでリリースされ、LDにもなった。日テレで最後の放映となるまでも、結構流されたが、前座のことまでは加味されていない。
一つだけハーフオフィシャルCDだろうか、前座の入っているものがあるらしいが、僕は持っていない。
映像自体はいただけない画質だから、気にもしていなかったのだが、今回DVDで見ることができた。翌7月1日の公演も入っているし、ドキュメントも入っている。

後年、ビートルズのレコードジャケット展示などを商店街のタナベ眼鏡店で黒田のぼり店の専務と行ったが、何と東京公演へ宇和島から運良く入場できた女性が来ていたのにはびっくりした。チケットも半券を持っていらっしゃるようだ。
運良くはその方を含めて高校生の大半は補導されたのだから、宇和島くんだりから上京して入場できたことは奇跡に近いわけだ。そういえば、容姿から年長に見られたのであろうか。

実公演35分。最後の曲I'm Downが終わると深々と一礼してステージを去った。

Im Down


ジョン・レノンもジョージ・ハリスンも死んだ。個々のビートルズのメンバーの誰がどうとは言わない。僕が好きなのは、元気にライブしていた1963年頃のビートルズが好きなだけだ。SGT.ペパーズで彼らとは事実上のお別れ。その後の解散に至るまでのレコードなどは、シリーズを除いてほとんど持っていない。ジョンが殺されてもどうでもよかった。

今回のDVDを見ると、βマチックで録画されたものが一番綺麗だしリアルだ。NHKがつい最近までβカムで録画していたのがよく分かった次第。
今やDVDも10回はダビングできる。正に隔世の感がする。
とはいえ、あの騒音の中、リンゴのドラミング、ポールのベース、ジョンのストローク、カポタストを平気でステージで使うジョージなど、今のミュージシャンのステージより迫力があるのは、ネームバリュウだけではない、と思えてならない。

あの日から43年の歳月が流れた。2年後の2010年は高校卒業後40年の同窓会が開催されるであろう。既に母校は校歌を除いて存在しない。仲間の多くも他界したし、行方不明の奴もチラホラいる。
これから43年間、僕は生きられるだろうか。そんな、大きいが速すぎる現代の時間の流れに逆らうのも一興かもしれない、と思った。
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。